令和3年3月 東北大学学位記授与式告辞
【はじめに】
本日ここに、東北大学から晴れて学士の学位を授与された2,361名の皆さん、修士の学位を授与された1,786名の皆さん、専門職の学位を授与された93名の皆さん、そして博士の学位を授与された425名の皆さん、おめでとうございます。東北大学を代表して、心よりお祝いを申し上げます。
また、この間、皆さんが晴れてこの日を迎えることを心待ちにし、皆さんをさまざまな形で支えていただきましたご両親、ご家族、そしてご関係の皆様にも、心よりお慶びを申し上げます。
本日は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、卒業?修了生ならびに関係各位の安全安心に配慮し、代表者のみの臨席のもとで学位記授与式を挙行し、インターネットによる映像配信を併せて行うことといたしました。どうかご理解をお願いいたします。
この感染症は、学位記授与式を始め、われわれ東北大学での教育、研究や日常生活に大きな影響を及ぼしました。このような中で、それぞれの目標に向かって研鑽を重ね、学位の取得という目標を達成された皆さんに、東北大学を代表して心より敬意を表するとともに、その努力を称えたいと思います。
【東北大学の伝統―「門戸開放」と「総合知」の重視】
東北大学は、今から114年前の1907年に、この『杜の都』仙台の地に、東京と京都に次ぐ第三の総合大学として創設されました。その後、本学は『研究第一』『門戸開放』『実学尊重』の理念の下で、世界をリードする研究成果を上げるとともに、多くの指導的人材を世界に輩出してきました。
1913年に、本学は我が国の当時の帝国大学として初めて、三名の女子学生(黒田チカ、丹下ウメ、牧田らく)の入学を認めました。化学を専攻した黒田チカは、日本を代表する女性科学者として第二次世界大戦後まで学界の第一線で活躍しました。同じく化学を専攻した丹下ウメは、40歳で本学の化学科に入学し、卒業後にアメリカのジョンズ?ホプキンス大学に留学して博士号を取得し、さらに帰国後67歳にして日本で3人目の女性農学博士となりました。
数学を専攻した牧田らくは、当時の東北大学での学びを回顧して、『大学は、ほんとに楽しかった。???(中略)???本多光太郎教授の物理学通論や田邊元講師の科学概論の講義を聞いた。数学と無関係ではなかった』と述べています。本多光太郎は、当時世界で一番強い磁石『KS鋼』などを生み出して第一回文化勲章を受章した、本学の第六代総長です。牧田らくが挙げているもう一人の田邊元は、哲学者です。東北大学の初代総長を務めた澤柳政太郎が本学の創設に際して目指したものは、大学の総合制の重視、すなわち『総合知』を涵養する教育でした。東北大学は、設立当初まず理科大学から出発しましたが、澤柳は、本学の創設に際して『総合知』を涵養する教育を目指し、理科大学に現在の一般教養にあたる『普通教育』を設け、随意聴講科目である『科学概論』の講師として若き哲学者であった田邊元を本学に招きました。この『科学概論』という講義は、現在で言えば『科学哲学』にあたるものです。本学はその設立当初から進取の気風をもって『総合知』をはぐくむ教育を目指したのです。
社会が極めて速いスピードで大きく変容を遂げ、これまでの常識や慣習を乗り越える新たな『知』の構築が強く求められる今日、東北大学が創設当時から重きを置いてきた『総合知』の重要性はますます高まっています。皆さんが東北大学で育み修得したこのような『総合知』の基盤は、この後お話しするパンデミックや震災も含めて、これから皆さんが大変革時代を迎えたグローバルな世界に大きく羽ばたき、力強く活躍するために重要な役割を果たすものとなってくれるでしょう。
【パンデミック、震災から未来に向けて】
さて、人類の長い歴史の中で疫病の大流行が、人類社会の秩序と構造そのものを根本的に揺るがす契機となった事例は、これまでにも何度もありました。
14世紀後半に発生したペストの世界的な大流行は、ヨーロッパの社会構造を変え、同時に人々の死生観や宗教観を大きく揺るがし、中世社会の終焉とルネッサンスの到来をもたらす一要因となったと指摘されています。また、20世紀初頭のいわゆるスペイン風邪の世界的な大流行も、第一次世界大戦の終結を早め、大戦後の新たな国際秩序の到来をもたらす一因となったとされています。
日本においても、八世紀の奈良時代に聖武天皇が平城京に東大寺の大仏を建立したのは、天然痘の大流行を鎮めることが一つの目的であったと伝えられています。また、1918年秋に日本に上陸したスペイン風邪は、3波にわたる大流行を招き、多くの方が亡くなりました。
今般のパンデミックは、学術研究の分野においても研究のスタイルや方法に大きな影響を与えました。国際的な学術集会のオンライン化が急速に進展し、社会の変革のスピードが大きく加速したと言えます。他方で、コロナ禍での『自粛』期間が、次の時代へのブレイクスルーを生む機会となる場合もあります。よく知られたその事例として、1665年にケンブリッジ大学のトリニティ?カレッジで学位を取得した23歳のアイザック?ニュートンは、ペストの大流行で大学が閉鎖されたため生まれ故郷の村に戻ることを余儀なくされました。今日でいえばその『自粛』期間中にあたる1665年から1666年にかけての一八カ月ほどの間に、ニュートンは、今日の微分積分学の基礎となる研究やプリズムによる『光学』の実験で大きな成果を上げ、また有名な『万有引力の法則』の着想を温めたのです。このように、感染症による社会の閉塞は、思考を深める時期ともなりうるのです。
さて、今月、われわれは東日本大震災から10年を迎えました。東北大学は、東日本大震災の被災地の中心にある総合大学として、大震災からの復興を先導し日本再生のさきがけとなるべく、震災発生直後の2011年4月に災害復興新生研究機構を創設し、10年にわたり復興アクションとして8大プロジェクトやアクション100+(プラス)など、数多くの教育研究と社会貢献に全力を尽くしてきました。そして、本年4月から、新たにグリーン未来創造機構を創設し、持続可能でレジリエントなグリーン未来社会の構築に向けた学術的取組を一層加速することとしております。東日本大震災の記憶を忘れず、さらに進んだ未来社会の構築に向けて、本学はこれまで以上に一丸となって取組みを強化していきます。
皆さんは、この『杜の都』仙台の地にある東北大学という知的共同体の一員として学んだ経験を通して大きく成長し、社会の多様な分野で飛躍するための力を身につけました。幾多の困難を乗り越えて今日を迎えられた皆さん一人一人が、その貴重な経験を社会変革の実現に向けた原動力に代えて、新たな未来社会構築に貢献されることを願ってやみません。
【東北大学コミュニティの一員として】
これから皆さんは、本学を巣立ち、社会へ、そして広く世界に向けて船出することとなります。その際、この東北大学コミュニティの一員であることが、大きな力になることと思います。本学には、全学同窓会である『東北大学萩友会』のもとに、日本各地に、そして海外にも多くの同窓会が設立され、さまざまな活動が活発に行われています。皆さんは、これからも東北大学コミュニティの一員として、母校である東北大学の今後の発展を見守ると同時に、その一層の発展のために貢献していただければ嬉しく思います。
本日は、26か国合計370名の留学生の皆さんが、本学を卒業?修了します。ここで、日本語を母国語としない卒業生のために、英語でお祝いの言葉を述べたいと思います。
Since we also have many non-Japanese speaking members, I want to take this opportunity to address our international students and congratulate you on your successful graduation.
Although the COVID-19 pandemic created complicated conditions, all of you were able to overcome the difficulties and complete your studies. This is a remarkable accomplishment and you should be proud of yourselves.
"Social distancing"may be a necessary practice to prevent the spread of COVID-19, but distancing does not mean isolation or stagnation. It means having thoughtful interactions with your surroundings as a responsible member of the community and be creative under the given circumstances.
In 1665, Isaac Newton was also forced to relocate his studies due to the outbreak of the plague in England. It was during this period of "social distancing" in which he created the basis for calculus, theorized on optics and obtained an understanding of gravity.
During your time here at Tohoku University, you have not only obtained a more fundamental, comprehensive understanding of the world, but also means to expand your intellectual horizon and convey wisdom to others. This wisdom and experience you gained here in your community will always give you a foundation you can rely on when you are confronted with challenges you did not expect or imagine.
Also, please remember that today is not the end of the relations you formed over the years with the members of your university. In fact, it is quite the opposite. Today marks the beginning of a new collaboration between equals.
Our alumni association 'Shuyukai' has created a global community of Tohoku University graduates to keep in touch, let you know about recent developments of your alma mater and - most importantly - help each other as friends and family in difficult times.
You are always welcome, and you will always be appreciated.
皆さんが、これから世界に向けて大きく飛躍されることを心から期待して、私の式辞といたします。本日は、誠におめでとうございます。
令和3年3月25日
東北大学総長