新入生へのメッセージ2020
東北大学に入学される皆さんへ(2020.4.3)
【はじめに】
東北大学に入学された皆さん、誠におめでとうございます。本日ここに、学部生2,469名、大学院生2,470名、合計4,939名の学生諸君を迎えることができたことは、私たちの大きな喜びとするところです。東北大学を代表して、皆さんの入学を心より歓迎いたします。また、皆さんの勉学を、今日まで、献身的な愛情をもって励まし続けてこられたご両親、ご家族、そして関係者の皆様に対し、心より祝意を表します。
さて、今年は新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)の世界的な拡大を受け、入学される皆さんやご家族の健康と安全の確保、そして感染拡大防止の観点から、入学式を中止する決断をしました。その代わり、皆さんと本学のキャンパスで後日会うことを楽しみにしつつ、このような形でお祝いの言葉を届けることにしました。どうかご理解をお願いします。
【東北大学の歴史と三つの理念】
皆さんがこのたび東北大学の一員となるに当たり、まず、東北大学とはどのような大学であるかを紹介します。
東北大学は、日本で三番目の帝国大学として、明治40年(1907年)に建学されました。今から113年前のことです。以来、「研究第一」、「門戸開放」、「実学尊重」の理念のもとに、多くの指導的人材を輩出し、イノベーションを駆動する世界的研究成果を挙げてきました。また、2017年6月には、世界の研究大学と伍していく「指定国立大学法人」の最初の三校の一つとして認定されました。
現在、「杜の都」と呼ばれるこの仙台の地に、四季の気配を色濃く映す四つのキャンパスを構え、10の学部と15の大学院研究科、3の専門職大学院、6の附置研究所に加え、教育研究に携わる機構?センターと図書館?病院などがあります。
【学術資源の集積】
本学のような総合大学にとって、基礎資料や文献をはじめとする学術資源の集積は極めて重要です。初代総長の澤柳政太郎(さわやなぎ まさたろう、1865~1927)先生が、本学の文系学問の礎とするために整備した著名な文献コレクションとして、「狩野文庫」が附属図書館にあります。これは、澤柳総長と親交が深い教育者であり、またわが国きってのエンサイクロペディストでもあった狩野亨吉(かのう こうきち、1865~1942)による10万8千冊に及ぶ蔵書コレクションです。国宝二点を含む卓越した和漢古典の研究資料として知られ、「古典の百科全書」あるいは「江戸学の宝庫」とも称されています。
本学第三代附属図書館長であった村岡典嗣(むらおか つねつぐ、1884~1946)先生は、この「狩野文庫」の特色の一つとして、地図をとりあげており、その中に、太平洋を中央にすえた世界地図として、17世紀以降日本人の世界観に大きな影響を与えた「坤輿万国全図(こんよばんこくぜんず)」の写本があります。
【地図に見る世界】
私も附属図書館で「坤輿万国全図」を眺める機会を得ました。17世紀初頭に作成されたとは言え、精緻に仕上げられていることに驚かされました。しかし、オーストラリアはまだ掲載されていません。地図を作成した人たちの「世界」が、私たちが知っている世界と異なり、地理的に限られたものであったことがわかります。この地図が世に出てからおよそ四世紀が経ち、今日私たちの見る地形を示す普通の地図は、世界のどこでも同じとなりました。もちろんいまも四世紀前もほぼ同じ地形ですが、1万年も前になると様相が違ってきます。地球の長い歴史の中では、地図も大きく変わるのです。
【移動時間の尺度で見る世界】
それでは、移動時間を縮尺にもつ「時間地図」を考えてみましょう。交通網の発達から、都市間の距離が、この四百年間で桁違いに縮小しました。ジュール?ヴェルヌ(1828~1905)の時代、19世紀後半ですら、「八十日間世界一周」(1873)がほぼ最速でしたし、船で世界一周をしようとすると1年以上かかりました(※1)。今日では世界の多くの主要都市へ2日もかからずに行けます。このような時間的距離の大幅な短縮もあって、私たちはグローバル化した世界の中で多くの人たちと出会い交流しています。もちろん、これは今回の感染症の拡大にも大きな影響を与えています。「多くの感染症は潜伏期間が36時間以上であるため、感染してから発症するまでの間に世界の様々な都市へ辿り着き、感染症を発症する可能性がある(※2)」と感染症の世界的な拡大に関連した会議で指摘がなされています。
【コミュニケーション時間の尺度で見る世界】
さらに、コミュニケーションの時間を縮尺にとることを考えてみましょう。ICT(情報通信)技術の発達により、オンライン化されている場所は世界中どこでも瞬時に情報のやりとりができますから、それらの地点間の距離はほとんど無視できる世界に私たちは住んでいます。また情報の発信や受信の方法も大きく変わりました。ソーシャルネットワークや動画配信サービスにより、個人が思い思いに世界に向け発信し、瞬時に大きな影響力をもたらすこともできるようになりました。この負の側面としてフェイクニュースや、「もう一つの事実」、あるいは巨大なデータをもとに世論を誘導することなどに代表されるように、情報の信頼度が揺らぎ、受け取る側にこれまでと違ったリテラシーが必要となっています。もちろん、感染症のもととなっているウイルスの遺伝情報を瞬時に共有し、世界が協力してその治療法やワクチンの開発を進めることができるのもコミュニケーションの時間尺度が大きく短縮されたお陰です。
【ダイナミックに変化する世界】
このように、私たちの住む「世界」は、時代や見方によってさまざまな相貌を見せ、時々刻々その姿を変化させています。すなわち、時代とともに私たちの世界観は大きく変遷しているのです。本学の学生となった皆さんは、世界の同世代の大学生とともに、ダイナミックに変化する国際社会の一員として活躍することになります。これから皆さんは、専門とする学術を究めたり、世界各国から集まる学生と交流したり、国際的なシンポジウムへ参画したりすることを通じて、世界のダイナミズムを肌で感じることでしょう。
そして、このような世界だからこそ、自然科学から人文社会科学にわたる広範な知の基盤が極めて重要となります。答えのない課題に対して解決策を見出すのも、誰も見たことのない新しい価値を生み出すのも、またよりよい未来への社会変革に向けた新しい価値を創造するのも、これらの基盤があって初めて可能になるのです。
ただし、そこにはこれさえ理解していれば大丈夫という普遍的な解はありません。皆さん自身が、変化する世界を先導し、「平和で公正な社会」を築く能力を身につける必要があります。皆さんがそのような能力を身につける、そのような新たな挑戦をする、その場が東北大学であり、そのお手伝いをするのが私たち教員です。これから皆さんにとって重要になるのは、確固とした基礎学力とともに、新たなことに挑戦して物事を動かしていく行動力なのです。
【総合大学としての東北大学で学ぶ】
さて、東北大学は、民間や地方自治体からの支援を受けて創立されて以来、一貫して社会とともにある大学でした。9年前の2011年3月に発生した東日本大震災においても、その発災直後から、全学を挙げて被災地の復興を後押しし、その教訓をもとに災害科学という新しい学術の分野を切り拓き、世界の防災減災の推進に貢献してきました。2015年3月に仙台で開催された第三回国連防災世界会議では、「仙台防災枠組」が採択され、7つの防災達成目標に向けて各国が取り組むことが合意されています。本学は、その基盤として重要になる災害被害統計を整備するため、国連開発計画(UNDP)と連携して災害統計グローバルセンターを設立し、「仙台防災枠組」の達成に向けて大きく貢献しています。この同じ年の9月には国連サミットで「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択され、さらに、12月には気候変動抑制に関する「パリ協定」が合意されています。世界の三大アジェンダです。本学が、「社会にインパクトある研究」と呼ぶ、持続可能な社会の創造に向けた取組を本格的に立ち上げたのも、まさに同じ年なのです。
皆さんは、このように大震災を経験した本学のアイデンティティを共有するコミュニティの一員となったことを心にとめてください。そして是非、大いに研鑽を積んでいただき、皆さん自身のグローバルな視点に磨きをかけていただきたいと思います。
【留学生諸君に】
さて、本日の入学式には、多くの海外からの新入生が出席しています。東北大学は、建学当初から世界に開かれたグローバルな大学であり、日本各地はもとより、世界の百カ国近くの国?地域から訪れた留学生が学んでいます。ここで、海外からの皆さんのために英文でお祝いいたします。
I would like to take this opportunity to address our new international students as well. Welcome to Japan and welcome to Tohoku University.
Usually in spring, we talk about the cherry blossoms and what a nice time of the year it is to come together. Unfortunately, this year, the spread of the novel coronavirus around the world has forced us to change the way we usually do things.
Because your safety is of utmost importance to us, Tohoku University has been taking measures to try to prevent the spread of COVID-19 on our campuses, measures that have included the cancellation of many events, such as the Entrance Ceremony. I was really looking forward to meeting all of you in person, but rest assured that there will be plenty of other opportunities to connect and exchange thoughts and ideas.
Since its founding in 1907, Tohoku University has been a research-centered, practice-oriented institution. Our research achievements are well known - from the split-anode magnetron used in microwave ovens, to the steel-wire recorder and Yagi-Uda antenna.
But we have also blazed trails in other ways, such as accepting Japan's first female university students in 1913 and, a hundred years on, developing an international curriculum that focuses on helping students develop a more global mindset.
Our strong academic and industry network will give you a chance to not only gain advanced knowledge of the subjects you choose, but also to interact with and learn from students around the world. Our global alumni network will give you added support and guidance from people who have been in your shoes.
I'm confident that your time with us will be intellectually stimulating and emotionally fulfilling. You will meet people from many backgrounds and cultures, see things from different perspectives and develop an awareness that will make you all better people.
The catchphrase now is "social distancing" but distancing does not mean isolation. It means having thoughtful interactions with one another, and being socially responsible because as a community and as a family, we care about each other's health and well-being.
The next few weeks are going to be a whirlwind of new information and experiences. Some will be easier to get used to than others. But just remember that all of us faculty members, staff and students are here to help and support you.
Welcome to the family. Welcome to Tohoku University.
【萩友会および東北大学基金について】
最後に、東北大学では、学生や保護者の皆様と同窓生?教職員をはじめとする東北大学コミュニティをつなぐ全学校友会として「萩友会(しゅうゆうかい)」を設立しています。また、学生の皆さんの充実した教育研究活動を支援するために「東北大学基金」があります。そして、課外活動を支援する学友会があります。なお学友会体育部の多数の部が参加する七大学体育大会では、嬉しいことに本学が二度目の三連覇中であり、前人未踏の四連覇に挑んでいるところです。この三つの取り組みは、本学の教育?研究?社会連携に関するさまざまな事業を支えています。積極的に参加そしてご協力いただければ幸いです。
【感染症抑制のための新入生諸君へのお願い】
新型コロナウイルス感染防止のためには、私たち一人一人の行動がきわめて重要になります。以下の大学のホームページに皆さんに当面の間、守ってほしい行動の指針や関連情報がまとめてありますので、それに沿って行動してください。情報は新しいものに更新されていきます。一人一人が感染しない行動をとることが、自分自身はもとより、社会における感染の連鎖も防ぐことになります。
【おわりに】
皆さんが、健康ですばらしいキャンパスライフを送る中で、自らの挑戦する心をかき立て、本学で能力を伸ばし、世界に向けて大きく飛躍することを期待して、私のお祝いの言葉といたします。
2020年(令和2年)年4月3日
東北大学総長
大野 英男
※1 "Un Mexicano Visita Japón a Fines del Siglo XIX" [A Mexican Visit to Japan at the end of the Nineteenth Century], G. Quartucci, Estudios de Asia Y Africa (1994). Mexico City: El Colegio de México. XXIX (2): 305-321.(メキシコの艦船Zaragoza号の乗組員による世界一周、1896~97)等
※2 The Impact of Globalization on Infectious Disease Emergence and Control: Exploring the Consequences and Opportunities: Workshop Summary. (感染症の発生と制御に対するグローバリゼーションの影響:結果と機会の探求:2002年ワークショップの要約)(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK56593/)