2025年 | プレスリリース?研究成果
電池材料の「協奏的なイオン輸送」を可視化する新理論を開発 ―渋滞学がイオンの集団運動を読み解き、高速イオン伝導の物理を解明―
【本学研究者情報】
〇材料科学高等研究所 特任講師 Kartik Sau
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- 渋滞学や流体力学の流れ場の解析を応用し、電池材料内部で起こる「協奏的なイオン輸送」という集団運動を、世界で初めて可視化?解析することに成功。
- 可視化された集団運動とイオン伝導度を1対1で結びつける新しい理論式を発見し、"何個のイオンがどのように連動して動くと伝導度が上がるのか"という電池性能の根本原理を解明。
- 電池材料の基盤となる新しい物理化学を確立し、イオンの集団輸送を制御する次世代固体電解質の設計指針として期待される成果。
【概要】
東京大学大学院工学系研究科の佐藤 龍平 助教、澁田 靖 教授、東京科学大学総合研究院化学生命科学研究所の安藤 康伸 准教授、東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)のサウ カーティック 特任講師らの研究グループは、流体力学の流れ場の考え方を応用し、電池材料におけるイオンの集団輸送を可視化する新しい解析手法を開発しました。
研究グループは固体電解質(注1)の分子動力学シミュレーション(注2)を実施し、シミュレーション中で実際に起こるイオンの協奏的な輸送(注3)を、イオンの変位ベクトル同士をつないで構築する「有向グラフ解析(注4)」により可視化することに成功しました。さらに、このグラフからイオン伝導度を計算したところ、厳密な統計力学に基づくイオン伝導度の計算式の結果と一致することを確認しました。これにより、固体電解質中で「いくつのイオンが連動して動いているか」という描像を直接得るとともに、集団運動とイオン伝導度を1対1で結びつける新しい理論式を確立しました。本成果は、協奏的な運動を制御して電池性能を高めるための物理化学的基盤を提供するものであり、次世代の固体電解質設計に役立つことが期待されます。
本研究成果は、2025年12月12日(米国東部時間)に「Chemistry of Materials」に掲載されました。
二次元超イオン伝導体Na2Ni2TeO6中の協奏的な輸送が有向グラフ解析により可視化される様子および計算されるイオン伝導度
【用語解説】
(注1)電解質
電池が充放電する際には、負極と正極の間をリチウムイオン(Li?)などの荷電粒子が移動する必要がある。電解質(=イオン伝導体)は、両極を隔てつつイオンの通り道を提供する材料であり、そのイオンの通しやすさ(輸送特性)が電池の性能や充放電速度に大きく影響する。
(注2)分子動力学シミュレーション
材料を構成している原子の運動について、運動方程式を解くことによりその軌跡を追跡する計算手法。各原子に作用する力および初期位置?速度が分かれば、各時間のすべての原子の位置および速度が一意に決定される。
(注3)協奏的な輸送
多数のイオンが、互いの動きに連動して効率的に移動する現象。1つのイオンが動くと、その動きに押されるように次のイオンが動き、さらにその次へ...と「玉突き」のように連鎖的な運動が続く。この集団運動が起きると、多数のイオンが一度に輸送へ貢献するうえ、移動に必要なエネルギーが低くなることも知られている。こうした協奏的輸送の仕組みを理解することは、高性能な電解質材料の設計において重要な鍵となる。
(注4)有向グラフ解析
ノード(点)とノード同士を結ぶエッジ(辺)からなるネットワーク構造を扱う解析手法を「グラフ解析」と呼ぶ。有向グラフ解析では、エッジに向きが与えられ、ノードをつなぐ順序が一方向に決まっているネットワーク構造を扱う。本研究では、イオンの移動を表す変位ベクトルをノードとして扱い、ある変位ベクトルの「終点」が、別の変位ベクトルの「始点」に一定距離以内で近づいた場合にのみ、後者へ向かうエッジを結ぶ。このとき、逆方向(始点 → 他の変位の終点)にはエッジを結ばないため、ネットワークは一方向のみにつながる"有向"グラフとなる。これにより、イオンのホッピングがどのように連鎖して起こるかという因果関係を表現?解析することができる。
【論文情報】
雑誌名:Chemistry of Materials
題 名:Visualizing Concerted Ion Migration of Superionic Conductors via Directed Graphs
著者名:Ryuhei Sato*, Yasunobu Ando, Kartik Sau, Yasushi Shibuta
DOI:10.1021/acs.chemmater.5c02374
問い合わせ先
東北大学 材料科学高等研究所 広報戦略室
Tel:022-217-6146
E-mail:aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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