2025年 | プレスリリース?研究成果
「最適輸送」でエネルギーコストの原理的限界を達成 ― 省エネ情報処理の新たな設計につながる成果 ―
【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科応用物理学専攻 教授 鳥谷部祥一
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- 数学の「最適輸送理論」から予測される、限られた時間における熱力学的なエネルギーコストの原理的な最小を、初めて実験で実現しました。特に、情報処理の基本過程である「情報消去」に相当する操作に応用しました。
- 光の力で微小粒子を高速?高精度で制御する新開発の「走査型光ピンセット技術(注1)」により、水中で熱ゆらぎを受けてランダムに動く粒子を制御することで、数学の理論が予測する「最適輸送」の実現に成功しました。
- 将来的に本成果は、よりエネルギー効率の高い情報処理技術や自律的人工ナノマシン設計の基盤となることが期待されます。
【概要】
私たちが何かを動かすときには、熱力学的なエネルギーコストが伴いますが、そのコストには原理的な最小値があります。コンピュータの情報処理も同様で、たとえば、情報を「消去」するにも、どんなに工夫してもこれ以下には減らせない最小のエネルギーコストが存在します。この限界は動かす速さに応じて変化しますが、これまでは無限にゆっくり操作する場合でのみ実験的に示すことができていました。
東北大学大学院工学研究科の及川晋悟大学院生(研究当時)、中山洋平助教、鳥谷部祥一教授は、東京大学大学院理学系研究科の伊藤創祐准教授、東京大学大学院工学系研究科の沙川貴大教授との共同研究により、光の力で微小粒子を高速?高精度に制御する技術を新たに開発し、数学の「最適輸送理論」が予測する、時間が限られた状況での理論上の最小エネルギーコストで、情報消去に相当する操作を実現しました。将来的に本成果は、よりエネルギー効率の高い情報処理技術の設計原理の確立につながると期待されます。
本成果は2025年12月1日付で総合科学誌Nature Communicationsに掲載されました。
図1.最適輸送。(a) 微小粒子の操作を「粒子位置の確率分布の変化」とみなす。初期分布と終分布の選び方に応じて、多様な操作を表現できる。(b) 理論的には、分布を地図上の点に見立て、分布間を結ぶ最短経路が、最小エネルギーコストを実現する最適輸送に対応し、分布間の「距離」がエネルギーの最小コストに対応する。(c) 1次元の場合は、左側は左に、右側は右にといったように、分布の「並び」を変えずに各部分を一定の速度で輸送するのが「最適輸送」。
【用語解説】
注1. 走査型光ピンセット技術
顕微鏡下でレーザー光を集光すると、その集光点で、1マイクロメートル(1ミリメートルの1/1000)程度の大きさの微小な粒子をピンセットでつまむように捕捉できる。この技術は「光ピンセット」と呼ばれる。集光点をゆっくりと動かすと、粒子はそれに追随して動く。一方、粒子が追随できないぐらい高速で集光点を動かすと、粒子は、各位置の平均的なレーザー強度によって決まるエネルギー地形(ポテンシャル)を感じる。本技術では、集光点の動かし方を高速に制御することで、ポテンシャルの形状を自在に作製し、かつ動的に変化させることを可能にした。
【論文情報】
タイトル:Experimentally achieving minimal dissipation via thermodynamically optimal transport
著者:
及川晋悟 東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 大学院生(研究当時)
中山洋平 東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 助教
伊藤創祐 東京大学大学院理学系研究科 附属生物普遍性研究機構/物理学専攻 准教授
沙川貴大 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻/附属量子相エレクトロニクス研究センター 教授
鳥谷部祥一* 東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 教授
*責任著者
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-025-66519-9
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院工学研究科
教授 鳥谷部 祥一
TEL: 022-795-7950
Email: toyabe*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院工学研究科?工学部 情報広報室
担当 沼澤 みどり
TEL: 022-795-5898
Email: eng-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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