2025年 | プレスリリース?研究成果
うつ病モデルマウスで抑うつ状態からの回復に関わる脳内の転写因子を特定 脳内転写因子活性プロファイルによって明らかに
【本学研究者情報】
〇大学院生命科学研究科
教授 安部健太郎
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【発表のポイント】
- うつ病モデルマウスを用いて、脳内における様々な転写因子の遺伝子発現制御活性について評価しました。
- 抑うつ的な行動を示したマウス脳内では、Tcf/Lef1 転写因子とRest転写因子(注1)の活性が上昇し、それらによって制御されうる遺伝子の発現が変化することを発見しました。
- 薬剤によってこれら転写因子の転写活性を亢進すると、慢性ストレスにより生じた抑うつ的な行動が改善することが見出されました。
- この成果は、転写因子活性を指標にした病理理解と、新規抗うつ薬の開発に貢献することが期待されます。
【概要】
うつ病は世界的に深刻な精神疾患であり、その発症メカニズムや治療薬の作用機序には未解明な部分が多く残されています。現在、セロトニン仮説(注2)に基づいて開発された抗うつ薬は治療法として効果を挙げていますが、効果の発現に時間がかかることや、薬剤による効果の個人差が大きいことが課題です。
東北大学大学院生命科学研究科の山本創大学院生(研究当時)、安部健太郎教授らは、マウスの脳内の神経細胞が内在に発現する多数の転写因子の活性を測定する独自開発技術「転写因子活性プロファイル法」(注3)を確立しています。この技術でうつ病モデルとして知られる慢性社会的敗北ストレスモデルのマウスを解析し、抑うつ状態に関連して活性変化を示す転写因子を探索しました。その結果、転写因子群Tcf/Lef1またはRestの活性上昇が観察され、これら転写因子を薬剤で活性化すると抑うつ状態の改善が促進されることから、これらが抑うつ状態からの回復に寄与することが明らかになりました。
本研究は、うつ病病理と抗うつ薬の作用に関する新たなメカニズムを示唆するものであり、今後の抗うつ薬開発に新たな視点を与えるものです。
本研究成果は10月7日に米国神経精神薬理学会が発行する学術誌、Neuropsychopharmacology (電子版)で公開されました。

図1. 本研究のイメージ
本研究では慢性的な抑うつ状態のマウスの脳内転写因子活性をプロファイリングし、活性変化を見せる転写因子を同定しました。それらの転写因子の活性がストレス後の回復過程に関わることを明らかにしました。
【用語説明】
注1. 転写因子:転写因子はゲノムDNA上の特定の塩基配列に結合し、その遺伝子の転写を上昇または減少させる"遺伝子発現のスイッチ"とも呼べる制御因子です。転写因子はゲノム中に数百種類存在し、様々な細胞で多様な役割を果たしていることが知られています。Tcf/Lef1転写因子は、個体発生時の細胞の運命決定や、がん細胞?幹細胞などの増殖促進などの役割が知られ、Rest転写因子も発生時の神経分化や、神経疾患との関連が知られています。
注2. セロトニン仮説:うつ病の発症を説明する仮説の一つで、脳内の神経伝達物質セロトニンの働きが低下することが症状に関わるとする考え方です。モノアミン仮説の中でも特にセロトニンに焦点を当てたもので、抗うつ薬SSRIの開発につながりました。セロトニン仮説はうつ病研究や治療の重要な理論的基盤となっていますが、実際の効果には個人差や時間遅延があるため、セロトニン以外の分子機構も関与することが近年指摘されています。
注3. 脳内転写因子活性プロファイル法:ウイルスベクターを用いて脳内の細胞が内在的に発現する転写因子の遺伝子発現制御活性を直接計測する手法(Abe and Abe iScience 2022)。標的の転写因子のDNA結合配列をもつように合成した人工プロモーターによってレポーター遺伝子を発現させ、その発現量の比較より活性の測定を行う。多数の転写因子の活性を測定し統合した情報を転写因子活性プロファイルと呼び、オミクス情報として捉えられる。
【論文情報】
タイトル:Transcription factors Lef1 and Rest stimulate recovery from depressive states
著者: Hajime Yamamoto, Satomi Araki, Ryoma Onodera, Yasuhiro Go, Kentaro Abe*
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科 脳機能発達分野 教授 安部健太郎
掲載誌:Neuropsychopharmacology
DOI: 10.1038/s41386-025-02259-0
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
教授 安部 健太郎
TEL: 022-217-6228
Email: k.abe*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋さやか
TEL: 022-217-6193
Email: lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)