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【TOHOKU University 虎扑电竞er in Focus】Vol.030 人間科学を材料工学に生かしたフレキシブルディスプレイの探究

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

東北大学大学院工学研究科 藤掛 英夫 ディスティングイッシュトプロフェッサー

東北大学大学院工学研究科 藤掛 英夫 ディスティングイッシュトプロフェッサー

液晶ディスプレイが開発されたのは、かれこれ60年ほど前のことです。アメリカの電機メーカーによってでした。まだ、コントラストが低くて白黒が明瞭でない性能でしたが、壁掛けテレビの実現につながるブレークスルーでした。しかし実際に壁掛けも可能なフラットなテレビが開発されるまでにはそれから30年あまりの月日を要しました。

テレビ受信用アンテナとしておなじみの八木?宇田アンテナの伝統を継ぐ東北大学の研究室で無線アンテナの研究に手を染めた藤掛さんは、修士課程を修了後、1985年にNHKに就職。3年間の地方放送局の勤務を経て、次世代放送システムの研究?開発を担う放送技術研究所(東京)に配属されました。そこで課された研究テーマは、液晶技術の立ち上げと高解像度プロジェクターへのその応用でした。液晶プロジェクターでハイビジョン映像を投影すれば、壁掛けテレビでなくても、大画面で高画質の映像を楽しむことができます。赤緑青の三原色に分けた光を液晶パネルに通してレンズで投射するというのが液晶プロジェクターの仕組みです。学生時代に学んだ電波工学とは一見異質なテーマですが、光学の研究は波長が違うだけで、ほとんど違和感はなかったそうです。関連する学会やメーカから材料?製造技術をゼロから学び、自ら研究を立ち上げた経験と知識は、その後の研究を推進して展開する上で大きな力になりました。

フレキシブル液晶ディスプレイの開発

そもそも液晶というのは、特定の物質のことではなく、固体(結晶)と液体の性質をもつ物質の総称です。電圧をかけると光の通し方を変える特性があり、液晶ディスプレイはこの特性を活用しています。透明な電極のついた2枚のガラス基板で液晶を挟み、それをさらに2枚の偏光フィルターで挟んで、背面から光(バックライト)を当てる構造になっています。この基本構造(画素)がたくさん並んで、画像を表示できるようにしたものが液晶パネルです。

当時の放送技術研究所の研究の主流は、プラズマディスプレイの開発研究でした。その中にあって液晶プロジェクターの研究にあたっていた藤掛さんは、光源の光を効率よく利用できて高輝度化が期待できる光散乱性の液晶材料の研究を進めていました。すると、高分子原料と液晶をさまざまな組み合わせで混ぜる研究を進めていくうちに、2枚のガラス基板がスポンジ状の構造体(高分子の網目構造)で貼り付く現象をたまたま見つけました。1997年頃のことです。この高分子の構造は、液晶を基板で均一な厚みで貼り合わせる部材(スペーサー)として使用できます。さらには、従来のガラス基板をプラスチックフィルム基板で置き換えれば、自由に曲げれられる未来のディスプレイを実現できる可能性が見えてきました。当時は、ノートパソコン用に高コントラストの液晶ディスプレイが実用化されていましたが、精巧な電子ディスプレイを曲げて変形させるなど、とんでもないと思われていました。液晶モニターの画面を指で押すと表示が乱れるように、液晶ディスプレイでは、液晶の厚みが変化すると表示が乱れてしまうからです。

フレキシブルディスプレイのプラスチック基板は、期待どおり、高分子の網目構造で貼り付けることができました。しかし、大きく曲げると剥がれてしまうため、高分子をたくさん分散する必要がありました。藤掛さんは工夫を重ね、分子が並んだ高分子の隔壁を画素ごとに作ることで、両側の基板を強く固着しました。かくして2002年に世界初の、丸めても表示が乱れない液晶素子の開発に成功したのです。当時、静止画を映す電子ペーパーはありましたが、高画質の動画を映せるものではありませんでした。藤掛さんたちの発明は画期的でした。その後、たくさんのLEDチップを並べたフレキシブルなバックライトを開発し、それを液晶パネルに重ねることで、A4判サイズのフレキシブルディスプレイの開発にも成功しました(2004年)。

2012年には東北大学に移り、フレキシブル液晶の研究をさらに進めることに。まず取り組んだのが、液晶を挟み込むプラスチック基板を薄くすることでした。これは、溶媒で溶かして塗る方法でラップフィルム並みの薄さを実現しました。高分子のスペーサ壁を大面積かつ低コストに作製できる型押し製法も開発しました。将来、大画面ディスプレイを丸めることができれば、幅が2メートルを超える100インチ以上の超高精細テレビ(8K解像度スーパーハイビジョン)を、一人で手軽に持ち運んで、壁に貼ることもできるようになります。また、巻き取りや折り畳みにより大画面の携帯用タブレット端末も出現して、どこでも高臨場感映像を楽しめるようになることでしょう。

一般にバックライト不要で電流を流して有機物を発光させる有機ELは、液晶ディスプレイよりも薄型、軽量、高コントラスト、鮮やかな色彩というメリットがある一方で、高輝度化が困難、寿命が制限される、高価格というデメリットがあります。それに対する液晶ディスプレイの優位性は、材料劣化がないため寿命にほとんど制限がない、成熟した技術の転用により大面積化でき低コスト、高輝度化が容易な点です。さらに、薄くて湾曲?巻き取り?折り畳み可能という機能性が加われば、利用価値や応用範囲はぐんと拡がります。

フレキシブル化の延長として、さらにストレッチャブル化(伸縮能力)が付加されれば、液晶ディスプレイを曲面の構造物に貼り付けたり、衣服、人体、ロボットへの装着も夢ではありません。藤掛さんは、ゲル化した液晶を伸縮性のある基板で挟み込むことで、液晶ディスプレイをストレッチャブル化する研究も進めています。

人に優しい情報デバイスの研究

藤掛さんは、材料工学というハードウェア面だけではなく、認知?感性などの人間科学というソフト面から見たデバイス開発の重要性を意識してきました。情報化社会が否応なく進展する中で、人に優しい生活環境の実現に向けて、携帯性を損なわない大画面フレキシブルデバイス、視覚疲労のない立体表示、視認しやすい映像が得られる撮影光学、高画質の映像通信が途切れない無線伝送技術の4つが重要で、それらハードウェアの実現に有機材料の機能開発が役立つはずです。人に優しい電子情報環境を、人間と同じ有機材料で作り上げるコンセプトです。有機材料は、軽くて柔軟で特性を自在に制御できるため、既に身近な衣類、構造物、薬剤などで多用されており、電子材料への応用展開も期待できます。藤掛さんは、現在のウェラブル端末(スマートウォッチや電子メガネなど)の先を行く次世代ディスプレイは、どこでもいつでも(ユビキタス)、アンビエントに使える(生活環境の中に仕込んで融合させる、携帯しなくてもいい)べきだと提案しています。

その一方で、現在のフラットなディスプレイは、画素を今以上に細かくして視認性を高めようとしても人の目には違いがわからず、すでに限界に達しているそうです。それを打開するには、奥行きの情報も与える立体(3D)ディスプレイが有効です。それが可能になれば、あたかもそこに物があるかのような実物感や臨場感が実現できます。そのための第一候補が、光の立体像を現実に造り出せる電子ホログラフィであり、安価で高解像度化が可能な液晶技術が決め手となるというのが藤掛さんの考えです。実際、波長サイズ程度に液晶を微細駆動するための基本技術をすでに見出しています。もし、それらが実現すると、直視の立体ディスプレイのみならず、眼鏡やコンタクトレンズの中に仕込んでAR?VR用途にも応用できるようになります。ただしこのような理想的な立体表示を実現する上では、膨大な情報量の計算能力と超高解像度液晶デバイスの開発が不可欠で、実用化にはもう少し時間がかかりそうです。

藤掛さんが目指す大画面フレキシブル/ストレッチャブルディスプレイや理想的な立体ディスプレイが実現するまでには、まだまだ乗り越えるべき技術課題があります。その克服には、人間科学の解明と材料工学(電子工学)によるアプローチが必須です。藤掛さんは、人々に夢を持ってもらえる未来社会のビジョンと新技術を指し示すことが、専門性という先が見られる望遠鏡をもった大学研究者?教育者の使命と考えています。

文責:広報室 特任教授(客員) 渡辺政隆

参考リンク

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東北大学総務企画部広報室
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