2025年 | プレスリリース?研究成果
層状物質への小分子の吸脱着で磁気フラストレーション相の可逆的切り替えに成功 わずかな外部刺激で動作する分子デバイスへの応用に期待
【本学研究者情報】
〇金属材料研究所 教授 宮坂等
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- 物質の各層の磁化が交互に反対向きになっている反強磁性体(注1)において、層の間に対称的にスピンを加えると、その向きが定まらない磁気フラストレーション(注2)が発生します。
- 分子の吸着?脱離によって層間距離を制御し、二種類の磁気相互作用のバランスを変えること(フラストレーションの開放)で、磁気状態(磁気相(注3))を可逆的に切り替えることに世界で初めて成功しました。
- これらの結果は、化学的な刺激をきっかけに動作する分子デバイスにおいて、新たな作動メカニズムとして期待されます。
【概要】
わずかな外部刺激により複数の状態間の切り替えが出来る材料は、省エネルギーかつ高機能なスイッチ素子の実現に欠かせません。特に、『磁気フラストレーション』と呼ばれる、複数の磁気相互作用が競合しスピンの向きが定ならない特殊な状態は、次世代スイッチ材料として注目されています。しかし、このような状態を人工的に作り出すことは非常に困難で、これまで十分に研究されてきませんでした。
東北大学金属材料研究所の宮坂 等 教授と高坂 亘 准教授らの研究グループは、分子性多孔性材料(注4)からなる層状の反強磁性体に常磁性(注5)分子を挿入することで、磁気フラストレーション状態を意図的に設計?実現することに世界で初めて成功しました。さらに、層間に有機溶媒のミクロな分子を吸着?脱着させることで、複数の磁気相互作用のバランスを意図的に調整し、磁気状態を可逆的に切り替えることにも成功しました。
磁気フラストレーションを活用した磁気相変換は世界初であり、化学的刺激により駆動する新たな分子デバイスへの応用が期待されます。
本研究成果は、2025年7月26日付け(現地時間)で最先端科学に関するオープンアクセス誌Advanced Scienceに掲載されました。

図1. (a) 層状反強磁性体模式図。図において、一つ一つの二次元層をそれぞれ小さな磁石と見なすことが出来ますが、層間にはそれらを反平行に向かせる相互作用JLLが働いており、化合物全体としては磁石として機能しません。(b) スピン挿入型層状磁性体模式図。層状磁性体の層間にスピンを持つ分子を挿入する事で得られます。JLLに加えて、挿入スピンと二次元層の間の相互作用JLSが加わります。(c) 磁気フラストレーション模式図。(i) JLLを優先すると、挿入スピンと一方の二次元層の磁気モーメントは必ず反平行になってしまうため、挿入スピンの方向が定まりません。(ii) JLSを優先すると、二次元層間のスピンが平行になってしまい、JLLの性質と反発してしまいます。
【用語解説】
注1. 反強磁性体:隣接する電子スピン同士が逆方向を向く相互作用(反強磁性的相互作用)が働き、互いに打ち消しあう場合には、物質全体としては磁化を持たず、磁石とはなりません。反強磁性体には磁気相転移温度が存在し、それより高い温度領域では常磁性体となります。
注2. 磁気フラストレーション:磁性元素の幾何学的な配置や磁気相互作用の競合により、すべての磁気相互作用によるエネルギーの安定化が得られる磁気秩序が存在しない状態を磁気フラストレーションと言います。特に、前者では三角格子やカゴメ格子が有名です。本化合物では、後者の相互作用の競合に基づくフラストレーションが起きています。スピンの配向により焦点を当て、「スピンフラストレーション」とも言います。
注3. 磁気相:常磁性、強磁性、反強磁性をはじめとする様々な電子スピンの配列の様式(磁気秩序状態)を総称して磁気相と言います。常磁性は秩序を持たない状態であり、強磁性、反強磁性、フェリ磁性は磁気秩序を持つ状態です。磁石として機能するのは、強磁性、フェリ磁性の磁気秩序状態であり、反強磁性は、通常の意味での磁石としての機能は持たない磁気秩序状態になります。
注4. 分子性多孔性材料:ゼオライトや活性炭、シリカゲルのような無機物のみから構成される従来の多孔性材料に対して、金属イオンと有機配位子から構成される多孔性材料の総称です。金属―有機複合骨格(Metal-Organic Framework; MOF)や多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer; PCP)などと呼称されます。金属イオンの配位環境と有機物の持つ高い分子設計性に特徴があり、ナノサイズの細孔を利用した気体吸蔵?分離?触媒?センサーなどの分野での応用が期待されています。
注5. 常磁性:物質の電子スピンがバラバラの方向を向いているために非磁性であるが、磁場を印加すると、その方向に弱く配列する性質を常磁性と言います。常磁性を示す物質を常磁性体といい、常磁性体は、強力な磁石を近づけるとそちらに引き寄せられます。しかし、磁場を取り除くとスピンはまたバラバラの方向を向いてしまうため、常磁性体は、いわゆる磁石としての性質は持ちません。
【論文情報】
タイトル:Guest-Induced Reversible Phase Conversion via Spin Frustration Relief in Spin-Intercalated Layered Antiferromagnets
著者: Qingxin LIU, Honoka NEMOTO, Wataru KOSAKA, Hitoshi MIYASAKA*
*責任著者:東北大学金属材料研究所 教授 宮坂等
掲載誌:Advanced Science
DOI:10.1002/advs.202507957
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学金属材料研究所 錯体物性化学研究部門
教授 宮坂 等(ミヤサカ ヒトシ)
TEL:022-215-2030
Email:hitoshi.miyasaka.e7*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班
TEL:022-215-2144 FAX:022-215-2482
Email:press.imr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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