2023年 | プレスリリース?研究成果
ノイズのあるデータから物理法則を獲得する非線形力学モデル同定の新計算手法を開発 - データノイズへの頑健性を向上 -
【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科ロボティクス専攻
教授 林部 充宏
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- データのみからその背後にある物理法則を獲得する非線形力学のスパース同定(注1)の新計算手法を開発しました。
- プロキシマル勾配法(注2)の導入により先行研究(注3)の課題であったデータノイズへの頑健性の問題を解決する成果です。
- 物理現象をホワイトボックス(注4)として認識するため、非線形力学解析および「説明可能なAI」技術に貢献すると期待されます。
【概要】
データのみからその背後にある物理法則を自律的に抽出することは、多くの科学分野で大きな関心を集めています。スパース回帰技術を用いたデータ駆動型モデリングフレームワーク、例えば、先行研究である非線形力学のスパース同定 (SINDy)(参考文献1)とその改良版(参考文献2)は、実験データから解析的な力学モデルを抽出することの難しさを解決するために開発されました。しかし、SINDyでは力学方程式に有理関数が含まれる場合やデータにノイズが含まれる場合、その最適化計算が困難です。特に力学系の同定問題では、ラグランジアン(注5)を用いることで実際の運動方程式よりも大幅に簡潔に、通常有理関数は含まれない形式で表現できます。
東北大学大学院工学研究科の林部充宏教授とAdam Purnomo(アダム プルノモ)大学院生(研究当時)らの研究グループは、ノイズのある計測データからでも力学系のラグランジアンを獲得し、その運動方程式の解析的モデルを獲得可能であることを示しました。データのみからプロキシマル勾配法を用いてスパースなラグランジアン表現を得ることを実証しました。先行研究手法のスパース同定(参考文献1)またその改良法(参考文献2)よりも正確な非線形力学モデル同定を実現しました。ニューラルネットワーク(注6)などのブラックボックス(注4)による同定ではなく、解析的なモデルを獲得するホワイトボックスによるアプローチであるため、非線形力学解析および「説明可能なAI」技術に貢献しうる計算技術と期待されます。
本研究成果は、科学誌Scientific Reportsに2023年5月16日付けで掲載されました。
図1. データにノイズを加えた異なる種類の物理システム(カート振り子[上段]、二重振り子[中段]、球体振り子[下段])での検証結果。(横軸が時間で、縦軸が運動推定結果を示す。):提案手法はどの非線形力学対象に対しても正確な力学モデルを推定している様子がわかる。従来法では一番左側の低ノイズレベルにしか対応できていないことがわかり、データノイズの影響により力学モデル推定が劣化していく様子がわかる。
【用語解説】
注1 スパース同定:
スパースは「すかすか」「少ない」を意味し、圧縮センシングの一技法で膨大なビッグデータを解析して大量のデータに埋もれて見えにくくなってしまう有為な情報を抽出したり、法則性を導き出したりする計算手法。
注2 プロキシマル勾配法:
微分不可能な点を含む凸関数最適化の一手法であり、統計的学習理論の研究分野である。
注3 先行研究:
2020年3月9日 東北大学プレスリリース(https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/03/press20200309-02-model.html)
注4 ブラックボックス、ホワイトボックス:
深層学習などのAI手法では内在する物理法則の解析的記述とは関係のない関数の組み合わせでシステムの入出力を表現する中身の構造自体が意味を持たないブラックボックスとなるが、物理法則の解析的記述と連動する状態変数による構造に意味を持たせた表現をホワイトボックスと呼ぶ。
注5 ラグランジアン:
フランスの物理学者Joseph-Louis Lagrange が定式化した物理的な力学系の動力学を記述するために用いられる一般化座標とその微分、および時間を変数とする関数で運動エネルギーと重力エネルギーの差を意味する。
注6 ニューラルネットワーク:
人間の脳内の神経細胞である「ニューロン」を語源とし、脳の神経回路の構造を数学的に表現した手法である。「入力を線形変換する処理単位」がネットワーク状に結合した数理モデルであり、人工知能(AI)の問題を解くために用いられるブラックボックス手法である。
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻
教授 林部 充宏
TEL: 022-795- 6970
E-mail: hayashibe*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院工学研究科情報広報室
担当 沼澤 みどり
TEL: 022-795-5898
E-mail: eng-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)