2023年 | プレスリリース?研究成果
個体を傷付けず、生きた心筋活性を光で定量 -細胞内筋力発生の評価技術として、心疾患の研究加速に期待-
【本学研究者情報】
〇生命科学研究科 教授 倉永英里奈
研究室ウェブサイト
【概要】
理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター先端バイオイメージング研究チームの渡邉朋信チームリーダー(広島大学原爆放射線医科学研究所教授)、広島大学原爆放射線医科学研究所の藤田英明助教、大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管外科学の宮川繁教授、東北大学大学院生命科学研究科組織形成分野の倉永英里奈教授らの共同研究グループは、生きた細胞や組織の筋活性を非接触?非侵襲で定量的に評価する技術の開発に成功しました。
本研究成果は、iPS細胞[1]から作製した人工心筋細胞の品質管理や心疾患の診断、放射線被ばくの影響の個人差調査などに貢献すると期待できます。
現在、生きた細胞や組織内で発生する筋力を直接評価できる技術はほとんどありません。
今回、共同研究グループは非線形光学現象[2]の一つである光第二高調波発生(SHG)[2]を用いて、細胞あるいは組織内部で筋肉繊維が収縮する際に働くタンパク質ミオシン[3]の活性を推定できる計測?解析法を確立しました。その時間分解能は80ミリ秒に達し、1秒間に複数回拍動する心筋細胞でも計測が可能です。この方法を用いて、心疾患患者由来のiPS細胞から作られた心筋細胞の筋機能不全とゲノム編集[4]による修復(治療)効果や、紫外線照射後のiPS細胞由来心筋細胞の晩発性[5]心機能不全を定量的に評価しました。また、バース病[6]疾患モデルショウジョウバエの蛹(さなぎ)内部の筋機能低下も検出しました。これは、生きたショウジョウバエ内部での筋活性を直接評価できた初めての実験例です。
本研究は、科学雑誌『Life Science Alliance』オンライン版(5月26日付:日本時間5月26日)に掲載されました。
今回開発した専用のSHG偏光顕微鏡システム(左)と実際に計測された実験パラメータ(右)
【用語解説】
[1] iPS細胞
人工多能性幹細胞。皮膚や血液などから採取した細胞に少数の遺伝子などを導入して作製された多能性幹細胞。
[2] 非線形光学現象、光第二高調波発生(SHG)
非線形光学現象とは、物質に強い光が入射した際に、入射光と放出光の関係が非線形になる現象。光第二高調波発生とは、物質に強い光が入射したとき、散乱される光が入射した光の2倍のエネルギーを持つ非線形光学現象であり、光散乱現象の一つ。生物学研究においては、コラーゲン、筋肉、微小管など、電気分極が非対称な繊維状物質を非染色かつ選択的に可視化するモダリティとして利用されている。SHGはsecond harmonic generationの略。
[3] ミオシン、筋原線維、サルコメア構造
ミオシンは、筋肉を構成するタンパク質の一つで、筋肉の中では繊維を形成している。アデノシン三リン酸(ATP)を加水分解する際に産生されるエネルギーを利用して、もう一つの繊維(アクチン線維)を引っ張ることで、力を発生させる。筋原線維は、筋繊維を構成する幅約1マイクロメートル(1,000分の1mm)の細長い円筒状の器官で、ミオシン繊維とアクチン線維の束により構成される。サルコメア構造は、筋原繊維の長軸に沿う周期構造の単位の呼称で、単にサルコメアと呼ぶこともある。筋肉において、収縮変位はサルコメア長の変化とその数で決定されるが、発せられる力はサルコメアに含まれているミオシンの数で決定される。
[4] ゲノム編集
生物が持つゲノムDNA上の任意の塩基配列(DNA配列)を編集(削除、挿入、置換)する技術。従来の遺伝子組換えと比べて、安全かつ簡単にDNAを編集できる技術として、研究ツールとしてだけではなく医療?農業?水産業で広く応用が進んでいる。
[5] 晩発性
放射線に被ばく後しばらくたって現れる病的影響のこと。被ばく直後の致死的あるいは急性的な影響と区別する用語。
問い合わせ先
東北大学大学院生命科学研究科 広報室
Tel: 022-217-6193
Email: lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
東北大学は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています