2021年 | プレスリリース?研究成果
磁性元素を配列した強磁性超格子構造の作製と巨大磁気抵抗の実現 ~究極の原子層結晶成長法を駆使したスピントロニクス機能の実現へ新たな道~
【本学研究者情報】
〇電気通信研究所 助教 新屋ひかり
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- 原子レベルで制御可能な結晶成長法を駆使して、鉄(Fe)-ヒ素(As)正四面体からなるFeAs単原子層をインジウムヒ素(InAs)半導体結晶で挟んだ強磁性超格子構造(注1)の作製に世界で初めて成功しました。
- FeAs層間の距離を変化させた一連の超格子構造において、強磁性転移温度の急増、巨大磁気抵抗効果(~500%)(注2)の実現とその電気的手段による変調、大きな磁気モーメントなど、ユニークかつ有望な物性機能を見いだしました。また、その強磁性が発現するメカニズムも明らかにしました。
- 本研究により、ナノ構造の原子分布を制御する最先端の結晶成長技術を利用した機能材料とスピントロニクス(注3)デバイスの実現に新たな道を開くことが期待できます。
【概要】
東京大学大学院工学系研究科のLe Duc Anh助教、小林正起准教授、吉田博特任研究員(上席研究員)、田中雅明教授のグループは、岩佐義宏教授グループ、東京大学物性研究所の福島鉄也特任准教授、東北大学電気通信研究所の新屋ひかり助教と共同で、インジウムヒ素(InAs)半導体結晶中に鉄(Fe)原子をほぼ1原子層の平面内に配列したFeAs-InAs単結晶超格子構造の作製に世界で初めて成功し、様々な新しい物性を観測しました。Fe-As正四面体結合からなる結晶構造は、その結合の分布(密度と形状)によって高温超伝導から高温強磁性まで重要な量子物性が確認され注目されています。InAsは高速トランジスタや長波長光デバイスに使われる半導体であり、エレクトロニクスに応用するためには、InAsのような主要な半導体の中にFe-As正四面体結合を高密度に配列することが望ましいと考えられますが、Feの低い固溶度(注4)のため相分離してしまう等の理由で、その作製は非常に難しいことが知られています。本研究グループは低温分子線エピタキシー結晶成長法(注5)を用いることより、初めてInAs中に等間隔で母材の結晶構造(閃亜鉛鉱型)を保ちながらFeAs単原子層を埋め込んだ超格子構造を作製することに成功しました(図1)。この構造ではFe-As結合が非常に高密度に分布されるため、超格子構造全体が強磁性状態となり、すべてのFe原子が最大に近い5ボーア磁子(5 μB)(注6)の大きな磁気モーメントを持つことを明らかにしました。また、FeAs原子層の間隔を短くすると強磁性転移温度(強磁性を示す温度の上限であるキュリー温度TC)が急増すること、超格子構造の電気抵抗が磁場によって500%も変化する巨大磁気抵抗効果が発現すること、その磁気抵抗効果をゲート電圧で制御できることも示しました。本研究により、半導体ナノ構造中の磁性元素分布を原子レベルで制御し、将来のスピントロニクスデバイスのための機能材料を実現できることが分かりました。
図1 本研究グループが作製した試料の構造:低温分子線エピタキシー結晶成長法による結晶成長を用いてInAsの閃亜鉛鉱型結晶構造(図中右上の黄色い枠で表した単位セルが繰り返した構造)を保ちながらFe-As正四面体結合を1原子層の平面内(ピンク色)に閉じ込めることに初めて成功した。この技術により、FeAs原子層をInAs結晶中に等間隔に埋め込む構造を作製し、世界初の単結晶FeAs/InAs超格子構造の作製に成功した。FeAs原子層の間に超格子構造中に存在する電子キャリア(赤玉と黄色い雲=電子の波動関数)を介したRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)型の相互作用が働き強磁性秩序を成立させると考えられる。さらに、FeAs原子層内の一部のFeが格子間位置(黄色いFe原子)とアンチサイト位置(青いFe原子)にも存在し、FeAs原子層のすべてのスピン方向を揃え強磁性を得るために重要な役割を果たすことを明らかにした。(図面の一部はVESTAより作製された)。
【用語解説】
(注1)超格子構造:複数の種類の結晶格子から成る超薄膜(厚さ数nm程度)を周期的に積層した多層構造。超格子構造により、それぞれ単一の結晶格子や単一の材料にはない新しい物性を設計し創出できる。1969年に江崎玲於奈博士が提案して以来、半導体超格子は新材料やデバイスの開発手法として大きく発展した。近年では金属系や磁性体でも超格子が作製され、物質開発に応用されつつある。
(注2)巨大磁気抵抗効果:強磁性層/常磁性層からなる多層膜構造に磁場を印加して、各強磁性層の磁化方向を反平行磁化状態から平行磁化状態に変えたときに、多層膜の電気抵抗が大きく変化する現象。この抵抗の変化率(磁気抵抗比)が大きいほど利用価値が高く、センサに応用する場合には感度が高く、メモリに応用する場合には読み出しの効率が良くなる。1980年後半にこの現象を発見したAlbert Fert博士とPeter Grünberg博士はノーベル物理学賞を受賞した。
(注3)スピントロニクス:電子は「電荷」とともに自転の角運動量に相当する「スピン」を持っている。スピントロニクス (Spintronics)とは、「電荷」と「スピン」の両方を活用して、新しい機能をもつ物質や材料の設計、デバイス、エレクトロニクス、情報処理技術などに応用しようとする分野である。
(注4)固溶度:ある結晶構造の中に他の原子を添加したとき、元の結晶構造の形を保ったまま固体状態で混じり合っている状態を実現できる添加原子の濃度の限界。
(注5)低温分子線エピタキシー結晶成長法:半導体の結晶成長に使われている手法の一つである。超高真空状態では、各原料を加熱することにより放たれた分子が他の気体分子にぶつかることなく直進できる。超高真空中でこれらの分子線を一定の温度に加熱した基板に到達させて結晶成長(エピタキシャル成長)を行う方法である。基板の温度、原料の元素種類と組成の高い制御性かつ高品質の結晶性が得られることが特長であるため、半導体産業や研究開発に良く用いられる手法である。本研究では、基板温度を通常の500℃から200℃程度に下げて結晶成長を行うという特別な低温分子線エピタキシー結晶成長法を採用した。
(注6)ボーア磁子:物理学において、磁気モーメントの単位となる物理定数。通常は記号 μB で表される。国際単位系では、電荷素量e、換算プランク定数 ? 、真空中の電子の質量 me を用いてμB = e?/2me で表される。
問い合わせ先
研究に関すること
東北大学電気通信研究所
助教 新屋ひかり(しんや ひかり)
Tel: 022-217-5075
Email: hikari.shinya.b5*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
報道に関すること
東北大学電気通信研究所 総務係
電話 022-217-5420
E-mail riec-somu*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)