2021年 | プレスリリース?研究成果
銅酸化物高温超伝導体の電子状態の定説が覆る~一次元的な動きの重ね合わせをコンプトン散乱で初観測~
【本学研究者情報】
〇本学代表者所属?職?氏名:金属材料研究所?教授?藤田 全基
研究室ウェブサイト
【概要】
1.NIMSは、北海道大学、JASRI、東北大学と共同で、銅酸化物高温超伝導体の電子は二次元的な運動をしているという35年間の定説とは異なり、一次元的な運動が重ね合わさった状態であることを見出しました。高温超伝導を引き起こす電子の運動状態を明らかにした今回の成果は、銅酸化物がなぜ高温で超伝導となるのかの解明につながると期待されます。
2.エネルギー問題解決に向けて、電気抵抗がゼロになる超伝導をいかに高温で発現させるか、世界中で研究が進められています。なかでも銅酸化物超伝導体は、高い転移温度と、銅と酸素からなるCuO2面が層状に積層した特徴的な構造を持つため、その発現機構が注目されています。機構解明に向けて重要なのが、物質中の電子の運動を反映するフェルミ面1)の観測です。これまで角度分解光電子分光(ARPES)2)によるフェルミ面の観測で、電子はxy平面で二次元的に運動すると認識されていました。ただし、ARPESではフェルミ面の一部のみしか正確には観測できておらず全体の形状は明らかになっていませんでした。一方、近年、理論や他の実験によって電子が一次元的に運動している可能性が示されており、高温超伝導体の電子状態解明に向けて、フェルミ面が本当に二次元的なのか詳細な観測が求められていました。
3.今回、研究チームは、世界的にも大型放射光施設SPring-8 3)でしか実施出来ない、高強度の高エネルギーX線を用いたコンプトン散乱4)という手法によって、銅酸化物高温超伝導体La2-xSrxCuO4におけるフェルミ面の詳細な観測を行いました。その結果、35年間信じられてきた従来の二次元的なフェルミ面の形状ではなく、一次元的な電子の運動が重なり合った状態であることを実験的に示すことに初めて成功しました。 La2-xSrxCuO4は、CuO2面が層状に積層した構造をしていま すが、観測データは、各CuO2面で電子がxまたはy方向への指向性を持って運動しており、層方向に沿ってxとyの方向が交互に変化していることを示しています。
4.今後、ARPESなどの他の手法と連携して一次元的な電子の運動の重ね合わせがどのようにして高温超伝導に結びつくのかを突き止め、高温超伝導材料を用いた次世代量子計算機向け量子マテリアル5)の開発の基盤研究を進めます。さらに今回用いたコンプトン散乱という手法は、広範な物質群において電子状態の詳細な解析を可能にします。特に、水素液化の低コスト化を実現する鍵として期待されている磁気冷凍材料の電子状態を観察し、水素社会実現に向けて電子レベルでの知見を提供することを目指します。
5.本研究は、NIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点量子物質特性グループの山瀬博之主幹研究員(北海道大学大学院理学院物性物理学専攻客員教授(連携分野教員)兼務)、高輝度光科学研究センターの櫻井吉晴博士、東北大学金属材料研究所の藤田全基教授らにより行われました。なお、本研究は、科研費基盤研究(B)「コンプトン散乱と角度分解光電子分光の相補利用で検証する銅酸化物のフェルミ面」(JP20H01856)やJST未来社会創造事業「磁気冷凍技術による革新的水素液化システムの開発」(JPMJMI18A3)などの支援を受けて行われました。本研究成果は、Nature Communications誌にて英国時間2021年4月13日午前10時(日本時間13日午後7時)にオンライン掲載されました。
図1 コンプトン散乱。X線を物質に照射すると、物質中の電子によってX線は散乱されます。その散乱X線を測定することで、物質中の電子が持っていた情報を得るのがコンプトン散乱実験です。
【用語解説】
1)フェルミ面
物質中には膨大な数の電子が存在するが、一つの量子状態あたり一つの電子しか占有できない。その結果、運動量空間にてエネルギーがより低い量子状態から順に全ての電子を埋めていくことを考えると、電子が存在する領域と存在しない領域の境界が現れる。その境界面をフェルミ面と呼び、金属電子論の基礎的概念として認識されている。「概要」で示した図はスケッチであり、電子の二次元的な運動は二次元的なフェルミ面の形状で、一方、電子の一次元的な運動は一方向に歪んだ一次元的なフェルミ面の形状で表現するのが普通である。
2)角度分解光電子分光(ARPES)
物質に光を照射した時に放出される光電子を測定することで、物質中の電子のエネルギーと運動量の関係を得る手法。したがって、フェルミ面の形状も決定することが出来る。
3)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。高輝度光科学研究センターが利用者支援等を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことであり、SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
4)コンプトン散乱
図1に示したように、電子によってX線が散乱され、X線の波長が長くなる現象。コンプトン散乱は光の粒子性の直接的な証拠であり、A.H. Comptonはこの発見で1927年のノーベル物理学賞を受けた。空港の手荷物検査では、通常の透過X線画像以外にもコンプトン散乱光のX線画像も用いられており、爆薬や麻薬、樹脂などの検出で威力を発揮する。非破壊検査の一つとして社会に普及しており、意外に身近なものである。研究では、単色の高強度の高エネルギーX線を用いることから、世界的にみても実験が実施可能なのは我が国のSPring-8に限られる。そのため、コンプトン散乱を用いた研究例は、他の手法に比べると圧倒的に少ない。しかし、今回の成果に見られるように、ARPESなどの他の手法と相補的に利用することで、今まで観測出来なかったことが観えるようになることがあるので、今後、様々な研究分野での活用が期待される。
5)量子マテリアル
物質中の量子状態に着目して、その制御を通じて新たな機能を発現する材料。政府が2020年に策定した量子技術の研究開発などの方針を示す「量子技術イノベーション戦略」の中で、量子マテリアルは主要技術領域の一つに位置付けられている。
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東北大学 金属材料研究所 情報企画室広報班
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