2021年 | プレスリリース?研究成果
【TOHOKU University 虎扑电竞er in Focus】Vol.014 半導体研究に魅せられて-スピンする電子になった気持ちでブレークスルーを目指す
本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。
工学研究科 好田 誠 准教授
工学研究科 好田 誠 (こうだ まこと)准教授
好田さんの人生は、NHKスペシャル「電子立国日本の自叙伝」を見たことで決まったといえそうです。それは13歳を迎えた冬のことでした。日本が世界最大の半導体生産国だった平成元年の時点からその足跡を逆にたどったドキュメンタリーに映し出された半導体研究の歴史に魅せられたのです。なかでも特に印象的だったのが、穴の開いたバケツから流れ出た水の重さを使って結晶成長速度を制御する実験に励む西澤潤一研究室の再現映像だったそうです。それを見て、ローテクな現場でハイテクを創り出す「かっこよさ」にあこがれたといいます。東北大学を目指す決心をした瞬間でした。
初心を貫徹して首尾よく東北大学工学部に入学した好田さんは、学部3年生のとき、大学間協定校制度を利用して、カリフォルニア大学サンタバーバラ校に留学しました。アメリカの人気ドラマ「ビバリーヒルズ青春白書」に描かれているカリフォルニアの楽しい学園生活にあこがれて留学生生活に臨んだものの、カルチャーギャップに衝撃を受けたそうです。アメリカの大学生はみな、週日は猛烈に勉強する一方、週末は楽しく過ごす、そのメリハリのつけ方が驚きだったのです。好田さんは、心を引き締め、充実した1年間を過ごしました。
サンタバーバラ校への留学中に、青色発光ダイオードの開発で後にノーベル物理学賞を受賞することになる中村修二さんが同校に着任してきました。その中村さんの謦咳に接する機会もあり、半導体研究に対する意欲を高ぶらせて帰国しました。
帰国後、学部4年に進級した好田さんが入った研究室は、現総長の大野英男先生の研究室でした。それはちょうど、大野研究室が、スピントロニクスと呼ばれる新しい研究分野を切り開き、世界のトップを走り出していた時期にあたります。半導体であると同時に磁石(磁性体)でもある物質を創ることに成功し、電子のスピンを制御することでその磁性のコントロールができることも実証していたのです。
全員が新しい技術の創出に邁進する研究室で、好田さんは発光ダイオードを用いた電子スピン生成の検出を研究テーマに選びます。まずは、発光ダイオードに電子のスピンをそろえて流すとどうなるかを調べることから始めました。電子スピンの向きをそろえると、円偏光という特殊な光が出ます。ということは逆に、出る光を測定することで、電子スピンのそろい具合がわかるかもしれないということです。好田さんは電子スピンの電流をそろえる研究を続け、博士号を取得しました。
転機は好機
大学院を修了した好田さんは、ちょうどNTT物性基礎研究所から東北大学工学部材料科学総合学科の教授に着任した新田淳作先生の研究室の助手に採用されました。電気?電子系から材料系への転身でしたが、それは研究の幅を広げることでもあります。両方を経験することは、研究成果の実用化を目指す上でもメリットになります。そこからの研究では、磁石にならないような普通の半導体で電子スピンの向きをそろえる可能性を探ると同時に、電子スピンを任意の方向にくるくる回転させる技術の開拓を目指すことになりました。
磁石ではない材料では、上向きの電子スピンと下向きの電子スピンが半々ずつで安定しています。その安定性を破って向きを変える技術の開発を進め、6年ほどで目途をつけることができました。
そうなると、スピンの向きを正確に検出する技術が必要になります。当時、スイスにあるIBMチューリッヒ研究所の研究グループがその技術を開発していました。そこで、万難を排し、2014年に1年間の予定で、海外派遣研究員としてIBMチューリッヒ研究所に滞在しました。
ここでもまたして、目から鱗の体験をします。同研究所は、少人数からなるユニットという研究グループで構成されています。しかし、いくつものユニットがバラバラに研究しているわけではありませんでした。午前と午後に研究所全体のティータイムがあり、異なるユニットのメンバーが気軽に言葉を交わす場が確保されているのです。ランチタイムも会話を交わす場となっていました。そういう場で、ユニット間の共同研究のアイデアや他分野の研究者からの有益な助言を得ているのです。しかも、みなさん時間の使い方がうまく、実験を続ける設定をしたうえで、ティータイムやランチタイムに参加していました。それでこそ、定時退社を励行しつつも、世界的な研究成果を出している秘訣だったのです。ただ、1年間という限られた時間しかない好田さんは、ぎりぎりの時間まで居残って実験をしていたそうです。
目に見えない電子のスピンを相手にした研究には困難が多いのではとの質問に、好田さんは、自分が電子になったつもりでスピン(回転)しているイメージを持ちながら取り組んでいますと笑って答えます。IBMチューリッヒ研究所で習得してきたのは、スピンの様子が実験データに現れる方法でした。そういう実験の組み方もあるし、データを解析しないとスピンの様子がわからない実験方法もあるそうです。
電子のスピンを利用した次世代スピン情報処理?伝送が実現すれば、消費電力の大幅低減が期待できます。2020年6月には、その目標に向けて大きく前進する成果を発表しました。次世代スピン情報処理?伝送実現のためには、半導体中のスピンの回転制御やスピン情報を輸送する手段として、スピンが向きをそろえ、いっせいに回転しながら空間伝搬するスピン波を活用する方法があります。スピン波の持続時間が長いほど、より効率的な情報処理や長距離情報輸送が可能となるのですが、結晶内部に生じる磁場により、スピン波が時間とともに崩されてしまうという問題がありました。
好田さんの研究グループは、半導体の電子スピン波が、従来よりも長時間持続する結晶方向を発見したのです。半導体材料となる結晶内の原子が並ぶ面には方向性(面方位)があります。その面方位ごとに、スピンの安定性、保たれやすさが異なることがわかっていました。好田さんたちは、スピンがより安定となる新たな面を特定することに成功したのです。 従来のコンピューターは、電気信号のオン(1)かオフ(0)かという2つの状態を用いた二進法で計算をこなしています。電子スピンを用いる場合は、上向きのスピンを1、下向きを0とすれば、スピンをそろえることで、二進法の計算を省電力で記録することができるようになります。さらには、上向きでも下向きでもない中間の状態を使うことで、量子コンピューターへの応用が可能です。
スピンが安定であれば、その情報を遠くまで輸送できるようになります。これは大きなブレークスルーです。次なる目標は、見つけた方位面でスピンをどこまで精密に制御できるかです。