2020年 | プレスリリース?研究成果
父親の高齢化が精子形成に与える影響を解明 - 加齢精子ヒストン修飾変化と子どもの神経発達障害のリスク-
【発表のポイント】
- 父親の高齢化は子供の神経発達障害注1の発症リスク因子であることが報告されている。
- マウスをモデルとして加齢が精子の形成過程に与える影響を解析し、遺伝子の働きを制御するエピゲノムマーカー注2について、父親の高齢化の影響を体系的にカタログ化した。
- 今回の研究成果は、将来的に父親の高齢化がリスクとなる次世代の疾患を予想するための診断法の開発につながると期待される。
【概要】
大規模な疫学調査により、父親の高齢化が子供の神経発達障害の発症リスクに関わると報告されています。その発症メカニズムの解明を目指し、東北大学大学院医学系研究科発生発達神経科学分野の研究グループは、マウスの精巣において精子形成過程のエピゲノム変化を体系的に解析し、加齢による変化をカタログ化しました。遺伝子の働きを制御するいくつかのエピゲノムマーカー(ヒストンタンパク質メチル化修飾注3等の量)は精子形成過程において加齢に伴い大きく変化することを見出しました。たとえばエピゲノムマーカーのうち、精子のH3K79me3注4の量は、仔マウスの音声コミュニケーションの異常と高い相関性が見られることから、次世代個体の行動に関する「予測マーカー」としての意義があると考えられています(特許第6653939号)。本研究で得られた知見により、父親の加齢がリスクとなる子の神経発達障害の発症メカニズムに関する理解が進むと考えられ、将来的に父親の加齢がリスクとなる次世代の疾患を予想するための診断法の開発等につながると期待されます。
本研究成果は、「PLOS ONE」に、米国時間2020年4月8日午後2時(Eastern Time)に掲載されました。
【用語解説】
注1. 神経発達障害:神経発達症/神経発達障害は、いわゆる「定型発達」の人に比して生まれつきの脳機能の発生発達のアンバランスさや偏りがあり、その人が過ごす環境や周囲の人とのかかわりのミスマッチから、社会生活に困難が発生する脳機能障害と考えられている。タイプにより特徴は異なり、その独特な言動によって社会生活、日常生活に支障が生じることがある。具体的には、学習障害、自閉スペクトラム症(以前の自閉症、アスペルガー障害、特定不能の広汎性発達障害)、ADHDなどがある。各障害にあった介入が行われているものの、詳しい発症メカニズムについては不明な点が多い。
注2. エピゲノムマーカー: 遺伝子の働き方に影響を与えるエピゲノム修飾(DNA塩基配列=ゲノム自体の変化を伴わず、核タンパク質ヒストンに対する各種化学修飾やDNAに対するメチル化修飾等が含まれる)のうち、何らかの生命現象の指標として捉えることができるもの。本研究においては、ある種のヒストン修飾が、次世代の遺伝子発現プログラムに影響を与えうるマーカーとして想定される。このほか、DNA自体のメチル化もエピゲノムマーカーとなり得る。
注3. ヒストンタンパク質メチル化修飾:核に存在するヒストンタンパク質は「糸巻き」のようにDNAを巻取り、その高次構造の制御や遺伝子のスイッチの入り方に影響を与えることが知られている。ヒストンタンパク質は、メチル化、アセチル化、リン酸化、ユビキチン化等の化学修飾を受け、その様態が遺伝子の働き方に影響を与え得ることから注目を集めている。特に、ヒストンメチル化は機能が最も明らかとなっている修飾である。
注4. H3K79me3(ヒストンH3タンパク質79番目リジン残基三価メチル化修飾):ヒトやマウスを含めた哺乳動物においては、遺伝子のスイッチをONにすると考えられているヒストン修飾である。今回、自閉スペクトラム症等に関わる遺伝子が多数存在する性染色体に集積することも認められた。なお、本研究に先立って大隅らは、精子のH3K79me3量と仔マウスの音声コミュニケーション異常との間の相関性を、神経発達エピゲノムマーカーとして見出している。
※表1の説明文を以下のとおり訂正いたしました。(2020年4月9日)
<訂正前>
表1.各ヒストン修飾レベルの加齢による変化。+は若齢区のヒストン修飾レベルの変化を示す。上矢印は若齢区と比較した加齢区のヒストン修飾レベルの増加、下矢印は減少を示す。矢印が二つの場合は若齢区と比べて20%以上の増加/減少を示す(** p < 0.01, * p < 0.05)。ヒストン修飾レベルは、精子形成過程を通してダイナミックに変化していることが分かる。さらに、加齢によりヒストン修飾レベルが変化することも明らかになった。
<訂正後>
表1.各ヒストン修飾レベルの加齢による変化。赤字は遺伝子スイッチをONにするタイプ、青字はOFFにするタイプのヒストン修飾。+は若齢区のヒストン修飾レベルの変化を示す。上矢印は若齢区と比較した加齢区のヒストン修飾レベルの増加、下矢印は減少を示す。矢印が二つの場合は若齢区と比べて20%以上の増加/減少を示す(** p < 0.01, * p < 0.05)。ヒストン修飾レベルは、精子形成過程を通してダイナミックに変化していることが分かる。さらに、加齢によりヒストン修飾レベルが変化することも明らかになった。
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科発生発達神経科学分野
教授 大隅典子(おおすみ のりこ)
電話番号:022-717-8201
FAX番号:022-717-8205
Eメール:osumi*med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(取材に関すること)
東北大学総務企画部広報室
電話番号:022-217-4977
FAX番号:022-217-4818
Eメール:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)