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【TOHOKU University 虎扑电竞er in Focus】Vol.002 混ざらないものを混ぜるー超臨界という未知の領域に挑むー

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

材料科学高等研究所 阿尻 雅文 教授

材料科学高等研究所 阿尻 雅文(あじり ただふみ)教授

コーヒーを飲みたい、でも、わけあって今はカフェインを摂れないというとき、デカフェことカフェインレスコーヒーの存在はありがたいはずです。では、コーヒーからどうやってカフェインを抜いているのか、考えたことはありますか。

原理としては、コーヒー豆を溶媒というものに浸し、最終的にカフェインだけを溶かし出します(抽出)。溶媒としては、エタノールやベンゼンといった有機溶媒か水を用いますが、意外なことに二酸化炭素を使う方法もあります。

二酸化炭素は、物質の例にもれず、温度によって気体、液体、固体という3つの状態をとりますが、それに加えて、温度31.1℃以上かつ気圧73.8気圧以上で、超臨界流体という、液体と気体を併せ持った状態にもなります。この状態だと、コーヒー豆の中によく浸透し、カフェインを効率よく溶かし出すことができるのです。

分離ではなく合成という発想の転換

超臨界二酸化炭素は、カフェインだけでなく、いろいろな物質の分離に使えます。阿尻さんが平成元年に東京大学から移ってきた当時の東北大学は、超臨界研究の世界拠点の1つでした。化学反応によるモノ作りの研究をしていた阿尻さんは、それまでは主にモノの分離に使われていた超臨界状態をモノ作りに使えないかと考えました。

そこで阿尻さんが目をつけた溶媒は、二酸化炭素ではなく水でした。水は、374℃、218気圧(22.1 MPa)になると液体でも気体でもない超臨界状態の水になります。超臨界水になると性質も変わり、それまで溶けなかった有機分子が溶けるようになります。有機溶媒の性質を併せもつようになるのです。水と油が混ざり合ってしまう不思議な領域に入るのです。

じつは、自然界でもこれと同じことが起こっている場所があります。深海底の熱水鉱床です。超高圧のそこでは、地中から噴き出す超臨界水にさまざまな物質が溶け込んでいて、さまざまな化学反応が起きています。生命の起源には熱水鉱床が関係していたという説もあります。

阿尻さんは、熱水鉱床に似た超臨界水状態を実験室で作り出すための装置を手作りし、いろいろなものを手当たりしだいに混ぜてみることにしました。超臨界といえば分離という常識を破り、混ぜ合わせる研究の世界を開くことにしたのです。

最初のターゲットは、無機ナノ粒子の合成でした。無機物質の水溶液を超臨界状態に一気に移行させることで、きれいな無機ナノ粒子が作れるようになりました。熱水鉱床や火山爆発で起きていることを再現したという言い方もできます。

合成された無機(金属)ナノ粒子は、パウダー状で、とても美しいものでした。しかし、純粋すぎるせいで、逆に使い勝手があまりよくないことがわかりました。インクや樹脂(ポリマー)、有機溶媒などの中には混ざらないため、応用がきかないのです。

たとえば高屈折率をもつ透明なナノ粒子をポリマー中に均一分散させられれば、光の散乱や吸収が起こらずに高い屈折率を示すポリマー材料を作ることが可能になります。あるいは、ナノ粒子を溶かしたインクが開発できれば、集積回路などの製造に使えます。また、がん細胞を認識してくっつく抗体と磁石の性質を持つナノ粒子を組み合わせることで、造影したり、磁場を手掛かりにした温熱療法が可能になります。無機粒子に、有機溶媒にも溶ける有機の機能も持たせたナノ粒子ができれば、使い勝手がとてもよくなることが判明したのです。

そのためには有機分子を無機ナノ粒子と結合させる必要があります。ところが、有機分子は、ふつう水には溶けません。しかし前述したように、超臨界状態では水が有機溶媒のような性質を帯びるため混ざるようになります。ただ有機分子と無機分子は、ふつうは完全に化学結合して新しい分子になることはありません。しかし、超臨界状態下ならば、不可能が可能となるかもしれません。

超臨界水の研究は手作りの装置から始めた

新技術を社会実装するために

阿尻さんの研究室では、当時、無機合成と有機反応の研究を別々に進めていました。そこで、2つの研究を合体させることにしました。ただし、最初からうまくいったわけではありません。2つのモノが完全に混ざる条件を見つけること、そこで反応が進むための背後にあるサイエンスを理解する必要があったのです。そのサイエンスが見えてきたときはエキサイティングだったと、阿尻さんは語ります。

有機修飾無機ナノ粒子 酸化コバルトに有機分子であるオクタン酸を修飾させた粒子の透過電子顕微鏡写真とその構造

無機ナノ粒子の表面に有機化合物をくっつける(修飾する)技術の開発に成功したことで、さまざまな分野への応用が見えてきました。有機物と無機物の性質を併せ持ったハイブリッド材料の開発が可能となったのです。企業からの協力要請も増えました。

しかしそこで阿尻さんは、ちょっとしたジレンマを抱くようになりました。こういう材料はできませんかという企業からの依頼に答えるだけでいいのかと自問するようになったのです。社会のニーズに答えるのは、「工学」の使命です。しかし便利屋であってよいはずがありません。

そこで阿尻さんは、ニーズに合わせて特定の材料を開発するための研究は、学生には携わらせない「産」向けの組織(今は最近立ち上げたベンチャー企業が担当しています)で実施する一方、大学の研究室では学生と一緒にもっと大きな問題を解くための未開拓分野に挑戦し、サイエンスの新しい芽を育てる研究を行うことにしました。

そのためには、社会全体のニーズを読み取ることも重要です。たとえば、水素社会を実現するために必要な技術は何でしょうか。水素エネルギーの活用を阻む大きな問題は、水から水素を効率よく取り出す技術です。光エネルギーだけでなく排熱や地熱を利用した製法が考えられますが、そのためには低い温度で反応が進むプロセスの実現が理想的です。では、そのために必要な材料はどのようなものでしょうか。その提案ができれば、新規材料の開発に移れます。このように、これからは、大きなビジョンを描いたうえで、そこからどういう技術、どんな材料が必要かを逆に考える(バックキャストする)という発想が重要になると、阿尻さんは考えています。

阿尻さんは、今年の5月、紫綬褒章とボルドー大学の名誉博士号の授与に輝きました。名誉博士号授与の席でフランスの研究者から意外な言葉をもらいました。あなたのいちばんの功績は、30年前に「プロセスの視点」を持ち込んで超臨界水連続合成プロセスを作ったことだ。それによって応用研究である工業化だけでなく、基礎研究、すなわちSCIENCEも大きく発展したというのです。「手作りの装置」が新たな研究領域を開いたことを世界は認識していると実感した瞬間だったそうです。

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東北大学総務企画部広報室
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